今年初の更新が2月だなんて・・・w
(すっかりFBに入り浸って居てこちらは放置になってますw)

2月になり、私が透析患者になって1年が経とうとしています。
1年前の2月7日に導入したので、あと1週間で1年です。

1年前は、1年間生き延びられるだろうか・・・と不安でいっぱいでした。
なぜなら、透析医学会の出している統計で、導入後1年未満での死亡率がとんでもなく高かったからですw
(もちろん、その理由が何故なのかも、統計のカラクリも知っています。それでも数字は数字で・・・正直かなり不安でした。)

透析業務一筋23年の夫は、

「DMで導入になった訳でも、全身状態が悪いわけでもない。その若さで、原疾患が糸球体腎炎で、1年未満で死亡するなんてあり得ないから。」

と一蹴してましたけど・・・w

夫のいう通り、元気(?)で無事に1年生きてこられました。
感謝です。

導入直後は穿刺を失敗されまくり、イヤになって夫の病院に転院したりしましたw(1カ月経ってもその病院のスタッフ誰もがマトモに穿刺出来ず、痛いしシャントを痛めつけるのが心配だしで・・・ノイローゼになりそうでしたw)

夫の病院に転院後、しばらくは夫が専属で穿刺してくれて、穿刺恐怖症がすっかり消失、精神的にも安定して、徐々に透析を受容することが出来るようになって行きました。
(穿刺のストレスというのは、プロの私でさえもそれほど大きなものでしたw)

今は、夫が作ってくれたボタンホールに、自己穿刺しているので穿刺のストレスはほぼ皆無です。
たとえ自己穿刺が上手くいかない時でも、夫の病院のスタッフの穿刺技術は高く、しっかりフォローしてもらえるので安心してお任せしています。

いっぱい泣いたし、今まで生きてきた中で一番苦しみ、一番死を間近に感じながら過ごした1年間でした。
毎日笑顔で透析に来る沢山の患者さん達が、笑顔の下でこれほどの思いを抱えながら通ってきたのかと、初めてわかった1年間でした。
技士になって21年だけど、私は患者さんの何を見ていたのだろうかと、仕事をする上でも考え直すことが多かった1年間でした。

人生の晩年(って言い方は大袈裟かもしれないけどw透析患者になってしまったので残りの人生は延命してもらってるだけですから)になって、色々な経験をさせてもらえてよかったのかもしれません。

今は、導入当時ほど死ぬことが怖くはなくなってきました。
一種、諦めが出来て来たのだと思います。

とはいえ、まだまだ生意気盛りの、まだ15歳の息子を残して死ぬのは、母親としてあまりにも無責任だと思うので、せめて息子の成人までのあと5年は生きていられるように頑張ろうと思っています。

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