息子の通う私立中学では、毎年この時期に百人一首大会があります。
私も高校時代にやったわね~・・・などと懐かしく思いながら、息子の冬休み期間中は百人一首大会のリハーサルに興じましたw
お年玉争奪をかけてw家族全員で百人一首ですw
アタシは体調の通剛により詠み人役。(つまらんw)
妹と息子が本気の勝負をしておりましたwww
ところで・・・
百人一首とは、100人の歌人の和歌を、一人一首ずつ選んでつくった和歌集のことです。
藤原定家が文暦二年(1235年)に宇都宮頼綱(定家の長男為家の妻の父)から、頼綱の別荘である京都嵯峨野に建てた小倉山荘の襖に貼る色紙形を依頼されて編集したのが、『小倉百人一首』であるとされています。
『小倉百人一首』は歌がるたとして広く用いられ競技用に用いられるなど、広く一般に普及しているものです。
私の実家には、昔ながらの和紙で出来た、裏には金箔の模様の入っている高級な仕様wの「小倉百人一首」があります。
30年以上前に、亡くなった父が買ってきてくれたものです。
私達弟妹は、普通のかるたで遊んだ記憶はありませんが、物心ついたときからお正月は「百人一首」をやってましたw(今思えば贅沢w)
そのかるたで、今は私の息子が百人一首に興じているのを見るのは感慨深いものがありました。
百人一首ですから、当然上の句を読んだ段階で下の句が取れる方が有利です。
キャリア30年以上の私の弟妹に、息子は本気になって勝負を挑みますが、なにぶん息子の場合経験が少ないうえに付け焼刃で、そのうえ上の句だけで下の句が取れるくが数えるほどしかない、という不利な状況の為圧倒的な劣勢w
(そんなことで手加減してやるほど優しい弟妹たちではないしwww)
息子が取れるのは、天智天皇の「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ~」と、
持統天皇の「春過ぎて夏来にけらし白妙の~」
柿本人麻呂の「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の~」
小野小町の「花の色は移りにけりないたづらに」
蝉丸の「これやこの行くも帰るも別れては~」
在原業平の「ちはやぶる神代も聞かず竜田川~」
清少納言の「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも~」
紀友則の「ひさかたの光のどけき春の日に~」
寂蓮法師の「村雨の露もまだ干ぬまきの葉に~」
あとお約束の「百敷や古き軒端のしのぶにも~」www
くらいなので、全部取れても10枚くらいw
でも残念なことに、このへんの有名どころはみんな知っているのが常なのでw最初は悲惨な結果に・・・。
それから息子は毎日必死になって勉強をし(何しろ賞金がかかると目の色が変わるのよねwww)日に日に上達をして・・・
とうとう本番前日(始業式の前日)には、家族相手に40枚弱取れるまでになりましたw
(他の勉強もこれくらい必死にやってくれたらいいのにwww)
その甲斐あって、本番では息子のクラスは学年優勝。
学校全体でも1年生ながら3位という成績だったそうです。
数学もこれくらい必死にやってくれたらいいのにぃ~w